2015年5月6日水曜日

月ヶ瀬で使者に襲撃される

岩船寺・笠置経由で月ヶ瀬の入口まで走りました。山々コースと川沿いコースです。

今日は一旦木津川沿いを加茂に出て、ここからから府道47号という裏ルート?を通ってまず当尾の里・岩船寺へ。住宅地を外れて、すぐ山坂道に。途中”辻”という集落(文字通りのクランクがありました)を通ってまた山坂。前方に赤ジャージの御仁がゆったり走るのが見えます。坂に弱い私が追いつきそうになり速度調節。それでもバス停近くなって接近してしまいご挨拶。「きっついすねー」 でも私はこのペースに大いに助けられたのです。一度も止まらず来れたのは彼のおかげです、マジで。

岩船寺をスルーし府県道47号を北村町へと進みます。最後は軽トラ位しか走れない山間の狭小道。県道33号に突き当たりそのまま峠を越えると久し振りの須川ダム。進路を北にとって笠置町まで爽快なカントリーロードです。笠置町ダウンタウンに入りいつもの児童公園で休憩。やけに人が多いです。R163に出るべく赤と緑の笠置橋を渡って判りました。河川敷はキャンプやBBQで大賑わい。カヤックも何艇かありました。川下りするのでしょうねえ。

R163を東進、大河原の手前で沈下橋(恋路橋)を渡ります。以前「ゆきかぜ」で渡りましたが「たんちょう」は初めて。写真を撮ってる間に車が3台も走って来てびっくり。生活道路なんですね。対岸の細い道を更に東進すると3差路となり、今回は右折。道は川を見下ろす絶景コース。川には白っぽい大岩がゴロゴロ散らばり「何があったん?」と問いたくなる光景。水の色はミルキーグリーン、石灰分が溶けだしているのでしょうか。ドドドッという音に振り返れば、山側には大きな滝。ここってもしや観光名所?と思っていると「夢絃峡・弓ヶ淵」なる看板発見。平安時代の悲恋の物語が隠れているようです。恋路橋にも南北朝の悲恋があったし、少し切ない川筋でした。

高山ダムに到着、アーチを渡ります。対岸の坂道の上に駐車場やトイレがありました。本来ここから引き返す筈が、反対方向からバイクが走ってきます。ほー、それなりの道がありそう…と右折したのが敗因でした。道は新緑をかい潜る道、これまでも木からブラブラしてくる「春の使者」を避けながら走っていたのに数が急増、避けきれない。そしてとうとう悲劇が。ブラブラシャクトリムシに真っ向激突。ぎゃー、しっかり胸にへばりついてる。パニクりながら吹き飛ばすも、更に右上腕にも一匹、げーっ、これも必死で吹き飛ばしクイックスタート、前方注視!しかしふと見ると足にも1匹へばりついています。あかん、冷静や、まず前を見ろ、被さる木々と対向のバイクを避けながら坂を下ると三叉路。ここで停車し足のシャクトリを引っぺがします。はぁはぁ…もうおらんやろな。ジャージを脱いでチェック&バタバタし、方角的にここは左折しかないと走り出すと下り坂道。残党を吹き飛ばすために40kmオーバーでカーブを抜けてようやく月ヶ瀬口駅に到着。やれやれ、怖ろしい山じゃった…。

そこからR163に入り向風に喘ぎながらトンネル2つ抜け、再び加茂へカモバック。(おい… m(__)m) 今度はオーソドックスに奈良市へ入り、平城宮跡を抜けて帰ってきました。本日走行85.3km。

シャクトリムシを吹き飛ばすとか引っぺがすとか言ってますが、実はそう簡単ではありません。息を吹いたり葉っぱで剥がしたりしても、前を剥がすと後がくっつく、後を剥がすと前がくっつく。両方剥がれても糸でぶら下がる…。こやつ忍者か? そう、実は月ヶ瀬と言う地は、東が伊賀、西が柳生、北には甲賀が控えている土地柄なのです。「春の使者」なんて呑気な輩ではありません。

手強い! 忍者シャクトリくん。

須川ダム 農業用貯水池

ブルーの田植機?がちょっぴりアメリカン

恋路橋

高山ダム下流の木津川 散らばる白い奇岩たち

高山ダムアーチから見下ろす

2015年5月2日土曜日

春の使者現る

そんなロマンティックなものではありません。例えて言うと悪魔の指先。それもウニャウニャ動く奴です。大人になればロマンティックになるのも居る事は居るのですが。
今年はまだ見かけていなかったのが、昨晩、犬の散歩で桜の木の下を通りかかった時、月光の影絵となった桜の葉の下に奴がしがみつき悶えるシルエットを見てしまったのです。5m迂回して通りました。勿論犬にもよーく言い聞かせておきました。この時期、桜の下は通行厳禁。

なので本日の春の恒例・嵐山行きに際しても、紅葉の名所ですから充分注意を払って走りました。モミジからはブラーンと垂れ下がってくるのです。ブランコケムシと言いますからね。使者の正体判りました?

そして本日の注意事項2番目は日焼け対策。日焼け止めを顔から首から腕まで塗りたくって出発。天気予報では朝は北風、昼から南風とまたまた往復アゲインストの予想。往路は大した事はなく、木津川CRを順調に走行、流れ橋SAでトイレ休憩した他は無停車で嵐山着。思ったより人出はありませんでした。渡月橋を渡る人々に隙間がありましたし、自転車も走行できました。お昼には早かったので、渡月橋を渡って川沿いに上ってみました。紅葉の隙間から、深緑の川面をのんびり進むボートや屋形船を眺めます。南に伸びる若葉たちが日よけになって5月の眩しさを遮り、船頭の掛け声さえも円やかに濾して届けてくれました。

石畳道はすぐに地道になり行き止り、仕方なく天龍寺界隈をくるっと回って中ノ島へ。京風うどんでも食べようと屋台を覗いてたら「嵐山ラーメンいかがですかーっ」の兄さんと目が合ってしまい「はい、食べます」。確かこの屋台、前はうどん屋だったような気が…と思いながら「鶏ガラあっさり風味」のラーメンを頂きました。しかし嵐山ラーメンってブランドだったっけ?

正午を回ると人も増えてきたので自転車道を戻ります。向風気味なので速度はやや低下し25km/h巡航。但し嵐山近辺は公園で遊ぶ人、スポーツする人、BBQする人で自転車道も人が多く、飛ばしてはいけません。子供やボールの飛び出しは茶飯事です。河川敷のネギ畑を抜けて(これって九条ネギなんだろか)R9を渡り桂川対岸へ。時々沿道の草で対向も難しい区間があり、お互い左腕を草に突っ込みながら走ります。名神高速上り線は少し東から渋滞しているようでした。

御幸橋を渡ってから下道走って飛行神社へ。参拝とトイレ拝借。何しろ30℃の暑さなので熱中症対策休憩。その後、普通に府道22号に出る筈が、左折する場所を誤り八幡市内をウロウロし、ひょこっとR1に出ました。そのまま流れ橋SAへ寄って、ドリンクを補給しCRを南下。向風は時折強くなりましたが、概ね24~28km/hの範囲で走行し帰宅。本日走行112.7km。

嵐山は外人さん沢山でした。飛び交ってる言語もさっぱり判りません。「オモテナシ」が威力発揮。総論ではいい事と思いますが、先日近所のイオンで、中国人と思しき大家族が、レジに大量の紙オムツを積み上げ家内喧嘩。痩せ形小柄でちょっと貧相な父さんと、それに似た息子たちの前に、恰幅の良い母さんが仁王立ち。 ”○※#$&◇〒∋+ !!” 何言ってんだかさっぱり判りませんがご立腹の様子。よく似た体形の妹(多分)も加勢し更にヒートアップ、ジリジリ後退する貧相父さんたち。レジ係のお嬢さんは成すすべもなくポカン。私も帰宅途中でもあり最後まで観戦?できませんでしたが、観光地とは程遠い住宅地のイオンであれやられたらたまりませんな。オモテナシもちょっと考えてしまいます。まあ国が違っても家族の力関係って変わらない事でしょうか。

どこの国でも 「ウツテナシ」

嵐山・渡月橋

水の音は心を鎮めてくれます

悪魔の棲家と思えない爽やかな若葉



2015年4月27日月曜日

福岡3日間

先週末 金曜に休みを頂き2泊3日で福岡へ。次女は勤務なので、夜一緒に食事(と言うより居酒屋へ飲みに)した他、中日にはカミさんと糸島1周ドライブしました。そして1年間野外で放りっぱなしのTR1の整備。ま、この為に遥々車を飛ばしたようなものです。だって飛行機にはケミカル(スプレイ缶)載せられませんから。

金曜日朝6時半に出発。GW前の平日なので殆ど渋滞はありません。近畿道・中国道を順調に飛ばし、14:30に九州上陸、福岡到着予定は16時のつもりでした。ところが… 小倉を過ぎて長いトンネルに入る前から急に周囲のスピードが落ち始め、渋滞気味に。ナビにも渋滞情報は出ておらず不審。九州道は比較的ペースが遅いのですが、60km/h位なのは高速道路としてどやねん と思っていると、ずっと先に赤いパトパトがチラリ。パトカーがペースカーとして入ってる!そのままトンネル抜けると「あれ?今 通行止めって表示?」間もなく追越車線に発煙筒が現れ車線規制になって、パトカーが複数停車。更にお巡りさんが大きな旗振って、曰く「ここで出よ。火災発生。通行止め」

えー? 「ここで出よ」ってここどこよ?場所も判らんままゲートを出ると「都市高速」の緑のサイン発見。おー助かった、確か北九州にも都市高速あるんや。半端な知識の私は福岡市内の都市高速と北九州の都市高速は繋がってる、と勝手に思い込んでいました。なので、都市高速に乗ればどうにかして環状線まで行ける筈 と入ってしまいました。場所は(後から調べると)九州道の八幡IC、乗ったのは馬場山入口。機嫌よく走り始めた私にスマホのマップ見ていたカミさんが「北九州に戻ってるよ」。方角は北なのですが、やがて東に向かうとあって、次の出口で即降りました。これが多分「黒崎」IC。

え?ナビ? パナさんのストラーダは「高速優先」「一般道優先」「お任せ」の3択なんですね。「九州道はダメだけど都市高速は使って」なんて器用な設定はできないので役立たずでした。止む無く「一般道優先」で再検索し指示通り、黒崎出口の先を右折。見るとやがてR3に交わる道なので、R3を使って福岡市内に入る事にしました。結果的には最良の選択だった…と思ってます。走っていたのは多分県道11号線。R3に入って後「↑福岡」の看板見てようやく落ち着いたのでした。

♪ では ”思い出のグリーングラス”のメロディで ♪

高速降りたら 知らないインター
迎えてくれるお巡りさん
旗振りながら ここで出よ 通行止めだよ
どっち行きゃ判らんキタキュウシュウ
迷った私を迎えてくれるの
繋がらない都市高速線

♪ やれやれ ♪

通行止めの原因は大型車両の火災で、私がR3をトロトロ走って頃に解除されてたって、なんやそれ。

中日も勤務の次女の勧めで福岡市の西方、糸島市へ。半島を1周しきれいな海を堪能しました。ほんっときれい。博多から車で30分程度ですよ。みんな福岡を離れたくない訳だ。カミさんが余り歩けないので殆ど車でしたが、たくさんの自転車走っていました。少々UPDOWNはあるものの、めっちゃいいコースです。羨ましかったよーDeuterリュックにDe Rosaの貴殿。季節終わりかけのカキハウスへ入り、洒落たカフェでコーヒー飲んで博多に戻ると、次女も帰宅。TR-1の整備です。うーん、スタンドとか錆びてる。スプロケ・チェーン磨いて注油、ワイヤの錆落として注油し、フレームをディグリーザで汚れを落とし、ふくピカで磨きます。本当はあちこち外して掃除すれば良いのですが、時間がなく65点の出来。タイヤとブレーキシューは交換の要あり状態で、ショップへ持ち込むよう次女に指示。もう1日あればねえ…。

帰路も九州・中国道をひた走り、恒例の神戸JCT以東の渋滞に嵌り10時間かけて帰ってきました。レガシィの走行距離は1430kmでした。

中国道で私の前を黒いFairLady-Zが走行。すると後からシルバーのZが2車線を股にかけながら疾駆してきました。シルバーZが私の前に入り、黒いZの後に付くと黒のZは車線を譲り走行車線へ。シルバーZは少し前に出てブレーキランプを何回もクイックポンピングし、また前へすっ飛んでゆきました。あれはZ同士の仁義の符牒なんでしょうか? 随分急いで行かれましたが、結局神戸JCTでは私と並んでました。

渋滞には勝てないー 銀色フェアレディーーー ゼーット! 

でもやっぱスポーツカーっていいっす。

博多のお傍にこの風景

せっせと磨いたTR-1

関門橋下を行くバルク船

2015年4月18日土曜日

花も花なれ

生駒・枚方から淀川北岸、西国街道を走って、久しぶりの勝竜寺を訪れました。

大山崎までは1月の「まっさん」コース。ここから西国街道を北上すると長岡京市に至ります。街道と言うだけあって狭い道幅。幅員4.5mと決められていたそうです。普通の住宅に交じって、時折蔵のある旧家があって、かつては下関市まで通じていたと言うド幹線の面影がちらり。そのうち京都縦貫道の高架下の「調子八角」交差点に到達。名前と異なり変則5差路に見えます。西国街道は仕出料理屋さんの脇の細い道。ずっと行くと京都の羅城門(都の南端)に着くそうですが、今回は学校の角を曲がって突き当りの歩道橋を渡ってJR線を越えます。

いきなり古墳があって(恵解山古墳:いげのやまと読みます。読めんよね)その先をジグザグ走ると見覚えのある風景、勝竜寺城公園に至ります。久し振りの青い空の下、ツツジが鮮やか。お城に見える建物も実は管理棟だし、庭も新たに作られたものですが、コンパクトな庭園と建物を私は大変気に入っています。丁度落ち着くサイズなんですね。

庭園のベンチに座ると、松と桜と紅葉が仲良く並んでいました。池には錦鯉、井戸に小川とまるで箱庭です。細川忠興とお珠さん(ガラシャ)夫妻の像の下でお弁当を拡げるシルバー小隊、城壁の狭間(鉄砲とかを出す穴)に石ころ入れて叱られてる子供や、庭園内の井戸水(地下水の水道水らしいですが)をペットボトルで汲みに来る人たちで小さい箱庭は今日も賑やか。「平和になりましたよ」 思わずお珠さんに語り掛けたくなる春の風景でした。

お珠さんについては、2年ほど前の拙ブログ(http://yukikazepedaling.blogspot.jp/2013/06/blog-post_29.html)に記しています。切ない、しかし見事と言うほかない生涯でした。私の中では「歴史上No1姫」です。肖像画では色白に切れ長の目、大変聡明な女性だったそうです。

 ”散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ”

彼女の辞世の句と言われています。美しい。ただただ美しい句です。


ガラシャ通りからサントリー通りに出て、木津川CRへ。御幸橋から木津川東岸の管理道路へ入りました。このまま帰るつもりだったのですがー、R1を横断する際、ふと「R1の宇治川大橋の袂に京都ヘリポートがある」という情報を思い出し、行ってみることに。

大型貨物がバンバン走るR1をしばらく走ると河川敷近くに「京都ヘリポート」と書かれた倉庫っぽい建物発見。砂利道を入ってみると手前のアスファルト路面に Ⓗ が描かれています。が、事務所も格納庫らしきシャッターもCLOSE。事務所には「外出中」の貼紙がありました。どうやら常時盛んにヘリが発着している訳ではなさそうです。帰宅後ネットで調べると、会社のブログも2010年で止まってるし、今後も期待薄みたい。

R1からR1バイパスに下道走ってR1BPで上津屋へ。流れ橋PAで休憩後、工事の終わった木津川CRで戻ってきたのでした。本日走行86.6km。

ガラシャ通りの帰路、前にママチャリに乗ったベージュのコートのお嬢さんが走っていました。横断歩道を渡ろうとお嬢さんが急停車、後を走ってた私は予想していたので続いて停車、その時「すみません」と言って振り向いたお嬢さんは、色白に切れ長の目の美人。そう私の中の「お珠さん」そのもの。ひょっとして現身?びっくりどっきり。
「姫さま、ご無礼致しました」慌てた私はそそくさと逃げ出したのでした。

散り際は潔くあらねばなりませぬ。

四月 菜の花 風 青空

勝竜寺公園も花真っ盛り

直後「自転車は外!」と お叱りを受けました

京都ヘリポート 不安な様相ですね


2015年4月11日土曜日

白ヤギ危うくご難

桜井市の倉橋溜池と多武峰・明日香を回ってきました。

朝まで雨。ダークな厚い雲が北から南へ次々流れて行き「昼から晴ってほんまかいな」と思いながら出発。路面はまだ濡れたまま。奈良市街地から県道とR169で桜井に南下し、伊勢本街道・R166で倉橋溜池へ。空を睨んでて出発も遅かったので既に11時半でしたが黒雲はひっきりなしに襲来し、お陽様の欠片もありません。周回道は濡れそぼった桜の花びらカーペット、人気のないダムにはウグイスの澄んだ声だけが響いていました。

倉橋溜池からそのまま坂を登って県道37号に出ます。これを南に走ると談山神社のある多武峰に着く筈。予想はしていましたが、ずっと山坂道です。傍らの清流と桜がせめての慰み。やっこらひーこら登ってゆくと交差点があって、右に少し登ると「別格官幣社談山神社」の石碑発見。偉そうな名乗りですが、後で調べたらそうでもなかった。参道は鬱蒼としています。一応自転車を降りて押し歩きましたが、そのうち軽四が走ってきて、別に気を遣う必要はありませんでした。ただコンクリートの急坂は割目とザラザラ、押して正解だったかも知れません。

談山神社の名前は大化の改新の談合をここで行った事に由来するようで、明日香の奥座敷と言う場所からも密談にぴったり。元々は寺だったようですが、そう言った歴史よりも紅葉で知られる所です。

神社の前には数軒の土産屋・旅館があるだけ。有名な十三重塔も半分ほど遠望できて満足。駐車場を通って坂道(県道155号)に戻ります。峠を越えると眼下には明日香・橿原が拡がり、向こうには金剛葛城山系が墨絵になっていました。中大兄皇子も見たであろう絶景を、1370年後に私が見る不思議。この風景を見ながら密談内容をどう噛み締めていたのでしょうね。

私はそれどころではありませんでした。何しろ500m超(多分)の標高から降下です。ヘアピン連続の道路にはゼブラゾーンがそこここにあって、自転車が高速で突っ込むと濡れた路面で転倒する危険大。こんな所でコケたら只で済む筈もなく必死のブレーキング。50km程度にスピードを保つのがやっとでした。掌が攣りそうになりながら明日香村到着。菜の花が肩を揺らして「お帰りー」って迎えてくれました。そして和菓子の今西誠進堂で休憩。今日は「みたらし」も食べました。焼き加減が香ばしい逸品です。熱いお茶も美味しい。放っておくといつまでもほっこりしていたいお店です。

帰路は正面からの風が強く冷たく、なかなかお疲れでした。本日走行82.1km。
そうそう、第2浄化センターを横目にしながら飛鳥川沿いのCRを走行中、突如正面道幅一杯にロープが渡してあるのを発見し急停車。ロープは片方の手摺り?に結わえられ、もう片方は反対側の手摺りの外にいる白ヤギさんの首に付いています。要はヤギさんのリードが手摺りに結ばれて、でも道の反対側の手摺りの外にヤギさんが居るのでリードがCRを横断しているといった塩梅。周りには誰もおらず、飼いヤギなのかどうかも解りませんでした。大和中央自転車道(ならクルC-8)を走行の方は川西町唐院付近、ヤギロープご注意下さい。そのまま突っ込むと自転車もヤギさんもえらい事になります。

Oh My Goat!

曇天下の倉橋溜池 葉桜も寒そう

談山神社 十三重塔 神社に塔って流石は元お寺

重なる青垣 大和の原風景

危うくご難の白ヤギさん ロープが右下からCRを横断してます

2015年4月5日日曜日

さくらミント

週間天気予報信じて用事を入れたら、土曜日のお花見ライド日和を逃してしもた。

今日は花散らしの雨。そこで見た風景を、学生時代に毎晩聴いていたFM番組 JET STREAMのナレーション風にしてみました。

♪♪♪

雨模様の飛火野は、若い緑が鮮やかに拡がり、鹿たちが疎らに佇んでいた。背後には深緑色の御蓋山が靄を五雲のように纏いながら散りゆく桜をじっと見ているようだ。カラフルな雨傘が一つ、春日参道をくるくる回りながら歩いてゆく。ブッフェレストランの窓から垣間見えた、この自然のコントラストは、目の前のゴージャスなホテルの朝食を振り切るに充分な魅力があったのだろう。望んでもいなかった雨なのに、望み以上の幽玄を引き出してくれた。原生林に濃く立ち込めるオゾンを感じながら、彼女は気持ちを傘に込めた。この空気の方がずっと贅沢な朝食だ。

♪♪♪

朝から所用で奈良の古刹へ。その参道にも桜があって、砂利道は桜色のカーペット。乗っていたR2(名前はミント)にも花が降り注ぎ、メタリックライトブルーのボディにくっついたピンクの花びらがとてもきれいでした。

さくらミント。本日限りのはかないテイストです。
風が吹くと花吹雪

桜花アクセサリー

2015年4月1日水曜日

春はあけぼの

先週末カミさんが退院し、本日の抜糸には有休取って介護通院。後は時間が薬で完治に3ヶ月とか。長い薬です。

退院と言ってもやや強引で、ドクターとしてはあと1週間居た方が…のニュアンスでしたが、事故防止の意味での入院なので家の中で安静にすることを条件に出てきました。まだまだ普通には歩けないので外で何かする仕事は当面私の分担です。

先週末は気の早い何輪かが「咲いちゃった!」状態だった桜も本日は満開。早速4月の雨に打たれ、少し可哀想。今年は花見のタイミングが難しそうです。

今日は病院の帰り道にイオンモールへ寄って買物。イオンの車椅子を借りました。カミさんは一人で乗るにはすっかり上達して、クイックターンとかしてましたが、押す場面では私が不慣れで危なっかしい。皆さん気を遣って避けてくれますが、売場通路のバーゲンワゴン?なんかが意外と邪魔で車椅子が通れる通路も限られます。売場の棚も上の方は見えず、また手が届かないので、取れる範囲も限られます。目線が変わると見方も変わるなあと思いました。勿論全てを満たすことは不可能ですが、異なる立場を体験してみるのは大事なことです。

買物と言えば先週末、スーパーで籠を取ってカートに載せて、さて と思ったら、横でカートに小さな子供を載せようと(カートに座る所があるのですね)しているお母さんが四苦八苦。足が引っかかってカートが動きうまく座らせられません。真横だったので私がカートを押さえたら、そのお母さんが「お久しぶりです」。 は? と思って見たら前の会社に居たお嬢さんがすっかりお母さんになっていたのでした。結婚して産休取ったまでは知っていたのですが、その後私も異動し、消息も知らなかったのです。偶然ってあるもんだ。びっくり。
この後、駐車場のR2に乗ろうとしたら、お尻合わせで駐車しているミニバンが同じ道産子ナンバー。奈良でこのナンバーに遭遇したの、まだ2回目です。偶然ってあるもんだ。またびっくり。

3月は1年で最も好きな月なのですが、今年は公私ともにバタバタで過ぎて行きました。雪溶の水音、鶯の声、少し冷たい空気に明るくなった青い空、清冽な風が吹き抜ける中を恥ずかしげにそっと咲き出す桜たち。枕草子から「さくらさくら」まで、日本人の心を捉えて離さなかった冷えるも暖かいこの月は、まさに1年の曙です。止まっていたものが目を覚まし、春は一気に動き出します。如月の中にあるという光の柱が、静と動を使い分ける感性の弦を弾くのですね。

通りがかった近所の林で、すっかり上手くなったウグイスの声を聞きながら、しばし足と時間を止めたのでした。

瞼を閉じれば見えないものが見えてきます。

OPの日の伊丹空港 B787が居ました

個人的に一番好きなDHC8-Q400 評判はいまいちみたい